T  問題児3人組


1-3  「あたしの美貌に勝るものはないわ」



 数多の店が並ぶ大通りを、一人の女が歩いていた。
 年の頃18,9といったところだろうか。両手で数本の剣を抱えて、店を一軒一軒眺めながら歩いている。薄い紫のふわふわした長い髪が歩く振動で揺れ、スッと切れ長の瞳の色はやはり髪と同じ薄紫だ。綺麗なパーツばかりが集合した顔は大抵なんとなく不細工に見えるものだが、彼女のそれは一つ一つのパーツも然ることながらそれらが一つになっても互いの美しさを引き立てあって相乗効果を得ていた。そのことは、すれ違う人々が彼女を振り返っていくことからも分かるだろう。
「お嬢ちゃん、ちょっと寄って行きなよ。あんた可愛いからオマケしてあげるよ!」
 果物屋のおばちゃんが声を掛けてくる。
「ごめんね、お使いを頼まれてるから、また今度来るわ」
 女はにっこり微笑んでやんわりとその申し出を断った。
 目指す場所まで、もう少し。




「こんにちは〜」
 ギィッと古めかしい木製のドアを押して、女はその店の中に入った。
 薄暗い店内でカウンターには誰もいなかったが、程なく奥から一人の青年が出てきた。
「いらっしゃいませ。どうなさいました?」
 25,6歳の優しそうな青年である。
「これを、鍛えなおして欲しくて」
 といって、女は抱えていた剣をカウンターの上に置いた。
 全部で五本。どれも騎士や剣士が好んで持つような立派なものだ。女性の護身用にしてはちょっと大きすぎる。
「…これ、あなたの剣なんですか…?」
 青年が少し驚いたように女を見つめて訊ねたのも無理はないだろう。何せ目の前の人物は騎士にも剣士にも見えない、どちらかというと剣なんて野蛮なものは似合わない深窓のご令嬢といった雰囲気を醸し出しているのだから。
 オマケにその美貌ときたら、世の男が思わず目を奪われてしまうほどの立派のものだ。この青年も例外ではなかった。この令嬢が剣を持ってきたこととその美しさと二重に驚いて、じっと女を凝視してしまった。
「いえ、一本は私のですけど、他のは兄のものなんです。あの人馬鹿力だから、すぐにこうやって剣をボロボロにしてしまって…」
 困ったように笑って小首を傾げる仕草がよく似合う。
「鍛え直してもらえます?」
 少し不安げな女の声に我に帰った青年は、慌てて剣をガチャガチャと手に取った。
「あ、もちろんです。…それにしても、一本はご自分のだと仰いましたが、剣術をおやりになるんですか?」
 一本ずつ鞘から抜いて剣の状態を確認しながら、青年はさり気なく尋ねてみた。
「ええ、少しだけですけど。まあ、護身用にはなるかなと思って。でも、教えてくれていた兄が職場に戻らなくちゃいけなくなって、明後日から稽古の相手がいないんです」
 そう言って目を伏せる仕草が青年の心を動かしたらしい。
「それは残念ですね。……俺でよかったら相手になりましょうか?」
 言ってしまった後で、青年は自分の言葉に「ん?」と思った。
 何だってオレは見ず知らずの客にこんなことを言っているのだろうか?これじゃあナンパじゃないか。そんなもの断られるに決まってるだろう?
 自分の言葉に動揺して女の顔を見れず視線を剣に集中させた青年は、その申し出に女が今までとは違う種の笑みを浮かべたことに気付かなかった。
 もっともその笑みは一瞬で消えてしまったけれども。
「まあ、嬉しい!本当にいいの?」
 青年が視線を上げると、女は目を輝かせて自分を見つめている。
 子供のように無邪気な笑顔にクスッと笑いを漏らすと、青年は緊張を解いて笑って言った。
「いいよ。オレはいつでもこの店にいますから、練習したくなったらここへ来るといい。オレの名はロジル」
 カウンター越しに差し出された手を両手で掴んで、女は眩しい笑顔を振りまいた。
「私は、ミルディ。よろしくね、ロジル」




◇ ◆ ◇ ◆




「と、いうわけなんで、俺と一緒に下界に降りてくれるだろ?」
「イヤよ」
 にっこり笑顔のディットとは対照的に、ミルディはつんっとそっぽを向いて即答する。
「ミルディ〜、頼むよ、な?」
「そんなに女手が欲しいなら正殿の女連中を引っ掛けたら?アンタが声掛ければ10人や20人はぞろぞろくっついて来るでしょ。あ、でも人間の女一人連れて来れないぐらい誑しの腕が鈍ったんなら無理かしらね?」
 ほほほっとディットを嘲笑った。
「俺の腕が鈍ったわけじゃねーよ!…君じゃないとダメなんだ」
「なんでさ」
「そりゃあ、好きな人とは一緒に居たいもんだろ?」
 世の女を魅了して止まない漆黒の瞳でミルディを見つめ、そっと手を彼女の頬へと持っていく。
 が、当の彼女の反応は水も一瞬で凍るほど冷たいものだった。自分の頬に伸ばされた手を容赦なくベシッと振り払い、細めた目で男を睨み、その科白を一刀両断した。
「却下。寒気がするから止めてよね。あたしはアンタと一緒には居たくない。あたしの人生にアンタは必要ない」
「そんな冷たいこと言うなよー」
「うるさいっ!!一人で行け!!」
「いいじゃないですか、行ってあげれば」
 クロベルが帰ってから幾度となく繰り返されている似たような会話に嫌気が差したのか、ザクトが溜め息交じりにそう口を挟んだ。
「さっき下界に遊びに行くとか何とか言ってたでしょう?当初の目的を果たしながらついでに人助けもできる。一石二鳥とはまさにこのことですね」
 さも名案が浮かんだかのように晴れ晴れとした表情のザクトに対してミルディが牙を剥く。
「冗談じゃないわよ!何であたしがこいつを助けなきゃならないのさ?そんな義理はないわよ」
「でも、毎日毎日贈り物を貰ってるじゃないですか、この人から」
 現在ミルディの部屋に飾られている装飾品の数々は、大体が下界へ行ったディットからのお土産(みつぎもの)である。
お土産(みつぎもの)がない日は、両手で抱えなければ持てないほどの花束が贈られてくるのだ。ザクトの記憶が間違いでなければ、これらは毎日欠かされたことはなかった。
「そんなもの、こいつが勝手に送りつけてくるだけじゃない。貢ぎたいってんだから好きにやらせるわよ。断る理由はないわ」
 来るもの拒まず去るもの追わず、を信条の一つに掲げている女の確固たる科白である。ただし、「物」に関してだけであるが。
「今回はさ、ミルディの美貌が頼りなんだよ〜。な?お願い。俺に力を貸して?」
 頑なに拒否するミルディの前で拝むポーズをするディット。
 "美貌"という単語にミルディが反応を見せた。お話にならないとばかりにディットに対してシッシッと手を振る。
「アンタ、あたしの美貌を利用しようだなんて1000万年早いわよ」
「おや、自信がないんですか?」
 ニヤッとザクトが笑い、ミルディの眉がつり上がる。
「……なんだって?」
「男一人誘惑できないんですかって訊いてるんですよ。そんなに頑なに拒むんじゃ、そちらこそご自慢の美貌に陰りが見え始めたんじゃないかってことになりますよねぇ?」
 ザクトの小馬鹿にした表情と挑発的な物言いに、ミルディはまんまと乗せられてしまった。負けず嫌いな性格を逆手に取られたのである。
「冗談じゃないわ。あたしの美貌が衰えてきたって言いたいの?よくもまあそんな馬鹿げたことが言えるわね。美の女神アフロディーテだって、あたしの美貌には勝てないわよ!」
 豊かな胸を反らして高らかに言い放つ。
 どちらが馬鹿げたことですか、というザクトの表情にも気付かずにアフロディーテに勝る美貌の女はさらに宣言した。
「いいわ。あたしの美貌に勝るものはないってコト、証明してやろうじゃないのさ。人間の男なんてカンタンに引っ掛かるんだから!」
 よっしゃあ!とディットが拳を握り、単純バカは扱いやすいですねとザクトに鼻で笑われるまで、ついにミルディは己が見事にこの男共に乗せられたことに気付かなかった。




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