―幻想夢ゲンソウム―
それはまるで夢のようだった。 降り頻る雪が地上に近くなればなるほど 純白の羽根となり、ふわふわと空を漂っていた。 その羽根は淡く光り どんどん地上に積もっていく。 何故雪が羽根になったのかは、わからないけれど。 見ているだけで、何故かとても落ちついた。
「本当に見たんだ!」 小さな男の子が。大きな声でそう言っていた。 「本当に、お空から羽根が降ってきたんだよ!」 「それは何時?」 「あたしは見た覚え、ないわ」 「嘘なんじゃないの?」 少年を取り囲むように、幾人かの子供達が居た。少年を見つめながら、首を傾げている。口々に少年に聞いたり、自分は見ていないといったようなことを言っている。 「本当だってば!!」 そう言っている少年は顔を真っ赤にしながら、一生懸命訴えている。
遠くに確かに見えた。 色とりどりの華が咲き乱れて その間を硝子の羽根をした、妖精が飛んでいた。 鳥達は美しい声で、高らかに歌い、 風はそれを優しく包み込む。
「妖精って居ると思う?」 少女が少年を見ながら言った。少年は、首を傾げて「どうだろう?」と言った。 「私、見たよ。この前。おばあちゃん家の近くの森で。とてもきれいだったよ。硝子の羽根をしているんだよ!」 にっこり微笑んで、少女は言う。 「本当?」 「うん。本当」 少年は少女の顔を覗き込むようにしながら、聞いた。少女は自身満万といったふうに、頷く。
「僕は絶対に信じない!」 少年がそう言いながら、歩いていた。 「妖精がいるとか、羽根が空から降ってくるとか…有り得ないじゃないか!!」 ボソボソと呟き、空を見上げた。晴れ渡った空に、浮んだ白い雲。 少年はちゃんと前を向くと、家に向かって行った。
クスクスと笑い声が聞こえる。 『絶対に信じないだって』 『近くに居るのに、気付いていないだけだよ』 『それか、あの子が僕達から目を反らしているか…だよね』 愛らしい声はとても小さく、絶対に大人には聞こえない。 『あの子に悪戯してあげようか』 『それは良いね。信じてくれるかな』 『楽しみ楽しみ』 そう言うと、光りが三つ。空へ向かって飛んで行った。
朝日が窓から差し込む。あまりの眩しさに、少年は顔を顰めた。 「…もう朝??」 少年は目を開けて、起き上がった。…何か違和感を感じる。ベッドから下りて、カーテンを開けた。 「うえ?!」 少年は目の前の光景に驚き、目を見開いた。何時もならば、カーテンを開けてもその先にあるのは、マンションなどの住宅街のはずなのに。何故か青々と木々が茂っていた。 「どーなってんの?これ…」 少年は思わず呟き、部屋から出た。階段を駆け下りて、玄関を開ける。 「何なの?!」 少年は叫んだ。目の前には大きな森。学校に行く道も、近所の公園に行く道も、全く見当たらない。そして、家の中には、両親も、妹も居ない。 「……でも…この森、見覚えがある気がする…」 少年はそう呟いた。気付けば足が歩を進め、どんどん森の奥へと入っていく。 暫くすると、森が開けた。そこにあるのは花畑。秋桜が風に揺れている。 「ここ……あの時の………」 少年の記憶の片隅に、ある光景が浮んできた。3年前。大好きだったおばあちゃんが死んだ時に、耐えきれなくて森の中へと走って行ったことがある。葬式の列から突然飛び出し、流れる涙を拭きながら闇雲に走った。そしたら、この場所に着いたのだ。 『どうした?迷ったのかい?』 突然後ろから声を掛けられて、少年は驚いて振り向いた。ハープのような楽器を持った、純白の衣に包まれた男性が、木蔭に腰を下ろしている。 『ああ、君は…3年前にも会ったね。覚えてるかい?』 青年はにっこり微笑んで、少年に聞いた。少年は、ゆっくりと首を縦に振る。 「何で僕はここにいるんだろう……??」 少年は呟いた。青年は立ち上がって、少年に歩み寄る。 『こっちに来て』 少年の肩に手を置き、青年は言った。少年は青年を見上げる。青年は少年を促して、先程まで座っていた木蔭に連れて行った。 『さっき、君はなんでここにいるんだろう?って言ったね』 青年が腰を下ろして言った。そして、『隣に座って』と言うと、じっと少年を見据える。 『君は…妖精が居るってこと、信じていない?』 青年が聞いてきた。少年は何も言えなくなって、下を向く。 『君の近くに何時もいる妖精達が、君をここに連れてきたんだ。……出ておいで』 青年が言った。すると、何処からともなく、妖精・小人が出てきた。少年の周りを取り囲む。少年は驚いて目を見開いた。「夢だ…絶対」少年はそう呟いて、首を横に振った。その言葉を聞き、青年が少し悲しそうに微笑んだ。 『3年前に一緒に遊んだだろう?それも覚えていない?』 「夢だって思わなきゃ……僕は絶対に"せいしんいじょう"なんかじゃない……」 頭を押さえながら、少年は言った。少年の肩に、一人の小人が乗り、少年の頬を抓った。 「いてっ……何するんだよ?」 『痛い。夢じゃない』 少年が小人を見ながら言うと、その小人はにっこり微笑んでそう言った。少年は地面に立って、自分を見上げている小人を、自分の手の上に乗せた。 『思い出した?思い出した?』 キャッキャと小人達が騒ぐ。妖精達が、秋桜を摘んで持って来た。 「覚えてるよ…。でも……」 『親に何か言われた?』 青年は少年を覗き込むようにしながら聞いた。青年の目は、何もかもを見透かしているかのように、透き通って見える。 「"せいしんいじょう"だって言われた。病院に行ったんだ……」 『精神異常ね…。酷い物言いだ。自分達も幼い頃には、私達の姿が見えただろうに』 青年は少年の頭を撫でながら言う。知らずのうちに、少年の頬を涙が伝い落ちた。 「僕は………」 『泣かないで』 頬を小さな手が触る。妖精が少年の目の前にいた。妖精の目は、水晶のようにキラキラと輝いている。学校で少女が言っていた通り、妖精の羽根はまるで硝子のようだった。 「ありがとう」 少年はそう言って、にっこり微笑んだ。青年も、周りにいた小人や妖精達も、つられたように微笑む。 『君にこれをあげるよ』 青年が手を差し出した。その手に握られていたのは、純白の羽根がついた、ペンダント。 『これがあれば、夢だと思わないだろうから。思いだして。また…ここに遊びにおいで。私達は、いつでもここにいるから』 青年は少年の首にそのペンダントを掛けながら、言った。少年は青年を見上げて、コクンと頷いた。 『目を瞑って』 青年がそう言うので、少年は言われるままに目を瞑った。 『約束よ。また来てね』 『遊ぶ!遊ぶ!』 妖精や小人が言った。少年は目を瞑ったまま、にっこり微笑んで頷いた。
目覚ましが鳴り、少年はゆっくりと起き上がった。何時もと何も変わらない光景だった。カーテンを開ければ、住宅街がある。机の上に散らばった教化書類。その上に、白いものがあった。 少年はベッドから下りて、机に向かった。 白い羽根のついたペンダントが、確かにあった。 「夢じゃ…ないんだ」 少年はそう言って、ペンダントを首から下げると、着替え始めた。
「それどうしたの?」 学校で少年に向かって、少女が聞いてきた。少年は、羽根を手の上に乗せて、にっこり微笑む。 「妖精にもらったんだよ」 誇らしげに、少年はそう言ったのだった。
『思い出したネ』 『良かった良かった』 『あの森に行けば、僕等もあの子と遊べるよ』 小さな声がそう言っていた。 光りが三つ。空に向かって、また飛んで行った。 空は晴れ、青く澄み渡っている。雲一つない空_____。
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素敵な小説を強奪…いえ、頂いてしまいました! 霜葵亞智様からの相互リンク記念です。 なんだか心が温かくなるお話ですよね。 大人になると見えなくなってしまうもの。 私にも小さい頃は見えていたのでしょうか。覚えてないだけで。 なんてちょっと思いを馳せてみたり(笑)。 「男性主人公の明るくほんわかした話を」という私の抽象的な リクエストに答えていただきまして、ありがとうございました!! 2003/10/04 美蘭
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